2009年も残すところあとわずか。
みなさんにとって、どのような年でしたか?
私はというと、年の最後に当研究論文を発表することができまして、ほっとしています。
この研究プロジェクトを始めてから5年、ボスに論文の原稿を最初に渡してから2年もの月日が流れて、ついに日の目を見ることになりました・・・さすがに長かった..。
さて、脂肪細胞というのは悪者で、メタボリックシンドロームや糖尿病において、「負」の役割をしていると考えてませんか?
確かに、肥満はメタボや糖尿病の大きな危険因子です。しかし、脂肪細胞は「過剰」になったり「悪玉」になるのが問題であって、実は正常の範囲内では、これらの病気を防ぐ役割をしているのです。例えば、体内の余分な栄養分(特に中性脂肪や脂肪酸)を取り込んで貯蔵したり、「アディポカイン」と呼ばれるホルモンを血中に分泌して、血糖値を下げるインスリンの働きを増強したりすることが知られています。
これら「良性の」脂肪細胞は、糖尿病の前触れである「インスリン抵抗性」(インスリンが効かなくなる状態)を防いでいます。ですから、皮下脂肪などである程度「ふっくら」している人の方が、「ガリガリ」やせている人より健康体のことが多いわけです。
さて、糖尿病の治療でここ10年ほどよく使われている薬に、「チアゾリン誘導体(TZD)」系の薬剤があります。武田薬品から出ている「アクトス」が代表です。このTZDは、インスリンの感受性を上げる作用があり、現在出ている糖尿病の薬の中では、唯一の「全身のインスリン抵抗性を改善する」薬剤です。そしてTZDがターゲットとするタンパク質が、「PPARガンマ」と呼ばれる核内受容体であることが分かっています。
またPPARガンマは、脂肪細胞の前駆体を完全な脂肪細胞に分化させる主要因子としても知られています。
しかし、TZDが体内のどの組織のPPARガンマに作用して、どのようにインスリン抵抗性を改善するのか、そのメカニズムは謎の部分が多くあり、論争の的になっていました。TZDは、糖の代謝に重要である「筋肉」や「肝臓」に作用しているという説も有力であったし、最近の研究では「マクロファージ」という免疫系の細胞に作用して、糖尿病に見られる炎症反応を抑えている、という報告がなされていました。
そこで我々の研究室では、これらの疑問点を明らかにするために、特定の組織特異的に、PPARガンマを高発現させるトランスジェニック・マウスのモデルを作りました。PPARガンマを含む核内受容体は通常、受容体にくっつくリガンドと呼ばれる物質(例:TZD)がないと働かないのですが、我々は「VP16」というドメインをくっつけて、リガンドなしにPPARガンマが常に活性化している状態にしました。
そして、脂肪細胞に特異的にPPARガンマが高発現しているマウスは、高脂肪・高炭水化物食が与えられて、普通のマウスにインスリン抵抗性が起こりやすい状態でも、糖尿病にならないことを見つけました。これに対して、マクロファージに特異的にPPARガンマを高発現させても、インスリン抵抗性が緩和されることはありませんでした。
さらに、高脂肪食の環境において、この脂肪マウスモデルを、TZDを全身に投与された普通のマウスモデルと比較してみたところ、まったく同程度にインスリン抵抗性が改善されていることを発見しました。
メカニズムを調べてみると、脂肪細胞特異的PPARガンマモデルは、脂肪組織に実に多くの遺伝子の変化が見られていることが分かりました。大まかにカテゴリーに分けると、「脂肪の代謝」「炭水化物の代謝」「免疫・炎症反応」「インスリン・シグナリング(インスリンに感応して働く因子たち)」などに関わる遺伝子群が、特に強く変化していました。
実際に、さまざまなアッセイを用いて実験したところ、脂肪マウスモデルでは、脂肪分や糖の代謝が改善されているのはもちろん、脂肪組織において、炎症反応の抑制やインスリン・シグナリングの感受性が高まっていました。また副次的に、筋肉や肝臓でのインスリン感受性および糖代謝が改善されていたのです。
脂肪組織には、脂肪細胞だけでなく、さまざまなタイプの細胞が存在しています。特に長いあいだ肥満である人たちの脂肪組織には、多くの免疫細胞、特にマクロファージが侵入してきていて、慢性的な炎症反応を起こしています。脂肪マウスモデルでは、組織の中の脂肪細胞のみにPPARガンマが活性化されていることを確認し、さらに、PPARガンマが活性化された脂肪細胞が、組織内のマクロファージの炎症反応を抑えることを発見しました。
このように、脂肪細胞でPPARガンマを活性化させさえすれば、全身のインスリン抵抗性が良くなることが分かったわけです。
TZD系薬剤は、たいへん効果的である一方で、副作用が存在します。アメリカで処方されているグラクソ・スミスクライン社の「アバンディア」は、心疾患のリスクを高めるとして、大問題になりました。心筋細胞のPPARガンマに作用して、副作用を起こすのではないかと言われています。他の副作用として、浮腫(むくみ)があげられますが、これは腎臓にある細胞のPPARガンマに作用した結果であるという報告があります。
脂肪細胞に最も特異的に作用する薬を開発すれば、これらの副作用を回避しつつ、最大限にインスリン感受性を上げることが可能になり、より理想的な糖尿病薬の登場につながることでしょう。
論文はこちら:
Sugii et al. (2009) "PPARγ activation in adipocytes is sufficient for systemic insulin sensitization" PNAS 106 (52): 22504-22509
http://www.pnas.org/content/106/52/22504.short
* (2月2日追記)この記事は、下書きとして保存されたままで、投稿されずにいました..。